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清水 菁花
京都生まれ。書家。NHKラジオリポーターや講演会などでも活躍。きもの愛好家代表、日本ペンクラブ会員など肩書き多数。現在、東京・赤坂の京都館で書道の指導を通じて京都の文化も伝える。 |
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| 菁花のおやかまっさん |
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| Vol
7. であいに竹紙あり |
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| 邂(かい) |
・・・ |
出会うこと。邂逅(かいこう)とは巡りあいの意になるが、邂一文字の場合は人と出会うことを指す。 |
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大原竹紙(おおはらちくし)を漉いてかれこれ十年近くなるが、竹紙との出合いは今より二十数年前になろうか。二条寺町あたりを歩いていて、なにげなく目を向けたギャラリーに、土壁みたいな紙に水上勉氏の絵が描かれている作品を見つけた。
書には白い紙しか使わなかった私だったが、なにかその素朴な色合いにひかれて店内に入った。そこには若い娘さんが竹紙の漉き方の解説書や、出来上がりの竹紙を並べていた。
ちょうどそのころ、和紙以外の紙で書作を試みたかった私は、すぐに飛びつく。書に合うような紙の厚みや大きさなどを細かにお願いし、注文して帰った。
そこで、その竹紙は越前の一滴文庫で作業されていると知り、私はどうしても現地で見たくなって、水上勉氏の生誕地である一滴文庫まで出かけることにした。山と川に囲まれ、山水を利用した紙漉き。冷たく清い水の中で漉かれる竹紙に私は深く心打たれた。
当時、私はまだ京の町の中に住んでいたので、その雄大な風景の中にいる自分がなんだかとても小さく感じられたことを思い出す。
竹紙で書作をする書家というのは、そのころほとんどいなかったので、先駆的な試みとして楽しさがあった反面、その竹紙の素朴さをどう生かすか、かなり悩みもした。当時、少し勉強していた水墨画にも使ってみようと、石仏やかやぶき屋根のある風景などを描いてみたが、どれも竹紙の味わいが一段と絵をひきたててくれ、この竹紙にますます惚れ込んでしまった。
そんなとき、漉き手の女性が倒れ、私も入院するという事態が起きた。しばらくして再会したある日、彼女の許しを得て、竹紙を漉く技を継承させてもらえることになった。ちょうど、大原に居を構えたときで、その環境が一滴文庫に似ていたことも決心の一つだった。山あり、川あり、地下水あり、そして竹がある。
さらにそのころ西陣織を廃業した父親の諸道具の一つに、糸巻き枠が大量に残されていたので、この大原竹紙を組み合わせて照明器具に再利用してみようと挑戦。知人達の知恵も借りながら、試行錯誤するなかで、なんとか完成できた。
暗闇に、竹紙を通して灯る明かりの、なんと素朴で優しくて温もりのあることか。さらに、そこには自分で書作した文字が独特の風合いを持って浮かび上がり、見せる人、見せる人、好評で私はとても嬉しくなった。
あの日、町角でふと出合った一枚の竹紙が、書家の私にこんなにも楽しさを広げてくれることになろうとは。出合いにいろいろあろう。人との出会いを語れば本にできるほどのエピソードがあるが、人と物と伝統文化が出合う、そんな偶然の素晴らしさを、これからも期待して日々、過ごしていきたいと思う。
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