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清水 菁花
京都生まれ。書家。NHKラジオリポーターや講演会などでも活躍。きもの愛好家代表、日本ペンクラブ会員など肩書き多数。現在、東京・赤坂の京都館で書道の指導を通じて京都の文化も伝える。 |
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| 菁花のおやかまっさん |
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| Vol
6. 月の光に こころ癒されて |
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| 令月 |
・・・ |
よい月、元旦や端午などのめでたく喜ばしい月を指す。唐の謝偃(シャエン)の句に出てくる言葉。 |
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ここ洛北大原の里に移ってきて十三年目を迎える。いわゆる干支一回りしたわけで、ようくや大原の自然を理解できるようになったかと思う。騒々しい町なかから、静寂求めて里入りしたが、まず初めて知ったのは「月の光」の、まこと明るい光である。
引っ越してきた当時は、まだ周辺に民家はなく、わが家の隣は某私設美術館のみ。仕事で夜遅く帰宅すると、、あたりは真っ暗で自分の車の鍵穴さえ見えない。道と川の境もわからない。まさしく一寸先は闇である。
そんな闇夜がある時、明るく照らされているのだ。それが月の光だった。満月の日は、家の外灯など不要である。家の中に入ると「あれ、電気を消し忘れたやろか」と思いきや、それは窓から差し込む月の光だったのだ。最初にそれを知ったとき、思わずそのやわらかい光のなかで書作したくなった。
なんとも透きとおった和らぎと厳しさを含んだ光。これは外の闇に対しての明るさで、ネオンや外灯の多い町のなかでは味わえないものである。
そんなとき、ふと先人に想いをはせる。この月を坂東の想いを寄せる方に都の姫は返歌をどのように詠んだのだろうか。今の私ならこのように詠みたい。
凛とした 都の香り その灯 大堰の川と 共に流るる
夕されば 水面に凍みる 月あかり みやこ大堰の川にあそべば
昨年十二月の京都・嵐山花灯路での月との出会いである。そして暖かい春を迎える都はやはり花・桜である。「清水へ 祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人 みなうつくしき」。晶子が花を通してみる月は、きっとやさしく、また自分の心をも温かくしてくれたのだろう。清水へのどのあたりで詠んだのだろうか。一緒にいた人が彼女の心を温かく包んだから、すべてが美しく見えたのだろう。
朧月夜に対してやはり秋の中秋の名月。秋といってもまだまだ九月。観月会に出かけるときの、着物に毎回悩まされる。九月という単衣の時期、短い期間での着物選びが、難しくも楽しい。紺地に兎が跳ねる紬や、兎と月が交互に織られている六通の西陣の帯や、ススキの小紋など、数々あるなかで選ぶのは本当に楽しいひとときである。身にまとうことで、日本文化の月の情緒を表せることはなんと素晴らしいことか。
秋の月は人を懐かしくさせる。日々、窓から月をながめ、月を感じ、想う人に心をはせる。そんな人生が今は気に入っている。四季のある日本、そして都・京都で暮らすればこそ、肌で感じられる文化なのではないだろうか。
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