トップページ君ニ伝エシコトアリ
速水 宗樂
昭和十六年生まれ。立命館大学卒。同六十二年三月十五日、七代目家元襲名。流祖の茶の道を振り返り、現代に生かすことを旨とし、戦後途絶えていた聖護院門跡との関係を回復、同門会「滌源会」を全国組織として編成。
Vol 2.  植樹五十年 人生五十年
Vol 1.  一期一会
君ニ伝エシコトアリ
Vol 2. 植樹五十年 人生五十年
 私の住居である滌源居(てきげんきょ)の庭は、樹齢約五十年の一本桜の木がある。この桜は先代宗仁(そうじん)が流祖宗達(そうたつ)百五十回忌記念事業の一環の中で植樹されたものである。
 植えられたそのころは、私の背丈ぐらいの高さであったが、五十年の風雪に耐えて大きく成長し、春ともなると桜花爛漫の栄を誇っている。近年は開花を迎えると、滌源居名物になった桜の下で、夜桜の茶宴を年中行事として催し、私はもちろん、家人や茶事に訪れる方々の目を楽しませてくれている。
 ふと考えてみると、私は四季を問わずこの桜を眺め、また桜の下で庭の清掃をしてきたのである。私の十歳代の年から五十年、この桜とともに生きてきたことに、感慨に耽(ふけ)るのである。
 先代宗仁が、流祖宗達百五十回忌という記念事業の中での植樹ならば、速水家・流儀が『子々孫々』まで栄えることを祈念して「ときわ木」ならぬ年中緑豊かな常緑樹が植えられるところを、あえて桜にしたのはなぜか。
 桜は一年の中で春は花満開の栄を尽くし、花の時が過ぎると緑豊かな夏、秋の訪れの照葉と落葉の暮秋、冬ともなるとなにもまとわない裸の枝。四季の移ろいを鮮明に表している。このような四季の移ろいを重ねて五十年なのである。
 先代が、この四季の移ろいを桜の木の植樹に託して流祖宗達の百五十回忌を迎えたことは、代々の家元・流門がさまざまな社会環境を乗り越えてきたことである。先代が流祖百五十回忌を迎えたのは戦後の昭和三十一年で、戦中・戦後を生きてきた中での志を込めて、これからの自分自身また後人にこのように語りかけているのではないかと思われるのである。
 桜の木と共に「人生五十年」ということで先人の思いや志を深く考える年になり、「五十にして天命を知る」という言葉があるが、「生きとし生きるもの」、人は自分の過ごしてきた道を振り返り、与えられた自然の恵みと教えに、自分の使命があるといえる。

大茶碗 宗仁宗匠御好 銘「雲龍(うんりゅう)」


プライバシー・ポリシー 当サイトについてお問い合せ