| フルフル輝きインタビュー |
 |
| 心を振るわせるビオラの魅力 |
 |
 |
 |
| 京都市交響楽団 楽友会会長 |
| 吉田 實 さん |
 |
吉田 實(よしだ・みのる)
京都市立音楽短期大学(現 京都市立芸術大学音楽学部)卒後、一九五六年京響創立と同時に入団。九三年退団するまで楽団の中心として活躍。室内楽の分野でも各地でリサイタルや依頼公演を数多く行う。現在は門真市音楽協会会長、ルミエール混声合唱団団長、京都市交響楽団楽友会会長、同合唱団団長、佛教大学コンサートディレクターを務める。
|
|
|
 |
京都市交響楽団(以下、京響)は一九五六年誕生し、定期コンサートやジョイントコンサート、地域に密着したミニコンサートなど、五十年にわたって多彩な演奏活動を繰り広げてきました。今年の六月十八日には、OBを交えて創立五十周年の記念コンサートを開催しました。
京響の第一期生で、ビオラ奏者として知られる京響楽友会会長の吉田實さん(七十三歳)に、五十年間の思いを話していただきました。 |
 |
| 京都の音楽文化を支えた先駆者たち |
 |
「ビオラの魅力って何ですか?」とよく聞かれるんですが、やっぱりその独特の音域にあると思いますね。人間で言えば、“テナー”や“アルト”の低音域担当。音の中身が詰まっていて、アンサンブル(室内楽)では欠かすことのできない楽器なんです。
私は中学生のころから、ずっとバイオリンを弾いていたのですが、京響に入団するとき、「ビオラをやってくれるか?」って当時の指導者で、楽団創設者の一人でもあるカール・チェリウス先生に聞かれたんです。と言うのも、楽団が創設されたばかりで、ビオラを演奏できる人が二人しかいなかったから。“弾く”ものだから同じだろうと「はい、できます」と返答したのが、私とビオラの長い付き合いの始まりです。
京響の一期生は三十六名。とにかくバラエティにあふれる、いろんな顔ぶれが揃っていましたね。私たちのように大学を卒業したばかりの新人だけでなく、アマチュア楽団で活躍した人、海軍の軍楽隊出身というベテラン奏者なんかもいて、とても新鮮で熱心な雰囲気にあふれていました。
そして思い出が深い方の一人がカール・チェリウス先生。規律を重んじる厳しい人で、「音楽はリズムだ」というのが口癖でした。岡崎公会堂(現在の京都会館横にある会議場)の地下に小さな炭小屋があって、そこで分奏練習(パート単位で集まって練習すること)をするんですが、仲間が集まるとつい雑談に花が咲いてしまう。チェリウス先生の足音が聞こえると、みんな慌てて楽譜を広げたりしてね…(笑)。いろんな思い出がありますが、毎日とにかく一生懸命になって練習しました。
|
| |
 |
(写真左から)
楽団創設当時の練習風景
1956年6月18日のデビューコンサート
50年後に同じ会場で開かれたバースデーコンサート |
 |
| 五十年前と変わらない、クラシックへの情熱 |
 |
デビューコンサートは、一九五六年六月十八日、先斗町の歌舞練場でブラームスやシベリウスの名曲を演奏しました。花街の舞妓さんが艶やかな出で立ちでたくさん見に来てくれて、とてもクラシックとは思えない優雅な雰囲気でした。当時、私は二十二歳。開演前からとても緊張して、それはもう無我夢中に演奏しました。コンサートが終了したとき、大きな拍手に包まれて、はっと我に返ったのを覚えています。
その日から“五十年”という星霜を経て、今年六月、デビューの場所と同じ先斗町歌舞練場で、京響OBを交えて「バースデーコンサート」を開催することができました。創設時のメンバーは、私を含めて六人。舞台に立つと、五十年前のあの時と同じように、気持ちが奮い立つのを感じ、また多くの人たちが、私たちが奏でるクラシックの音色に耳を傾けてくれました。現在では、日本を代表する交響楽団となった京響ですが、その出発点を知る私たちが、初心に戻って演奏することで、多くのことを伝えられたんじゃないかなって思っています。
|
|